1963~1965年

フルーティスト髙橋利夫、
鈴木鎮一に音楽表現法を学ぶ

 19歳より独学でフルートを始め、1年でドップラーの「ハンガリア田園幻想曲」を吹き、東京アンサンブルソナーレのソリストとして活躍していたフルーティスト髙橋利夫は、ある時、自分の音楽表現はこれでいいのだろうかと疑問を感じ、郷里の松本にいらした鈴木鎮一のもとを訪れ、楽器は違うけれど真の音楽を学びたいと教えを乞うた。

1964年秋、鈴木先生の指揮で独奏

 スズキ・メソードの創始者である鈴木鎮一は、フリッツ・クライスラー、ジャック・ティボー、パブロ・カザルスなどの大家の演奏を聴き、常にその音楽表現の研究をされていた。

 毎週2時間のレッスンを受けて3年経った頃に鈴木鎮一から「モイーズ先生は生きていらっしゃいますかね」と尋ねられ、それをきっかけに髙橋利夫は、フルートの神様と言われていたマルセル・モイーズに教えを受けることを決意する。その頃日本ではモイーズの詳しい情報がなかった。おそらくアメリカではないかと準備を進める。


1963年頃の髙橋利夫

渡米する前の送別リサイタル
(1965年10月26日 松本市民会館)

1965年秋

渡米する

赤の地点がBrattleboro

 髙橋利夫は、米国西海岸のロサンゼルスに居を定め、演奏活動をしながらモイーズを探し求める。

  半年ほど経って、東海岸のヴァーモント州ブラトルボロにモイーズがいることを知る。
 
 
 
 


松本駅で鈴木鎮一をはじめ、新聞報道を見た多くの観衆に見送られる髙橋利夫

1966年初春

モイーズを探し当てる

 渡米半年後、ヴァーモント州ブラトルボロにマルセル・モイーズを探し当て、初対面から意気投合し、その後長く薫陶を受ける。この信頼関係が、後にモイーズ来日を実現させることになる。
 
 「夢にまで見ていた大モイーズ先生の下で勉強する機会を得たことは、私にとってなんと大きな喜びであり、また幸いであったことか……。
 モイーズ先生は遠来の客である私を暖かく迎え入れてくださり、大きな愛と情熱をもって指導してくださった。ウエスト・ブラトルボロと呼ばれる片田舎の小高い丘の上の木立の中にポツンと立っている山小屋風の美しい家の八畳ばかりの小さな部屋――それは書斎にも、レッスン室にも寝室にも使われているが―――この部屋で忘れられぬ時を過ごした。
 私たちのレッスンはいつも3~4時間になってしまい、その半分はペルノ酒を味わいながら、有意義な対話をするのが常でした」(髙橋利夫著「モイーズとの対話」(全音楽譜出版社)より)


モイーズの自宅にて

 

1968年初秋 帰国 

10月23日 帰国記念リサイタルを開催

 松本市民会館でのリサイタルを聴いた鈴木鎮一から、スズキ・メソードのフルート指導曲集を執筆するよう髙橋利夫に依頼があった。突然の話に驚いて「とても無理です」と断ったところ、「大丈夫です。指導曲集を作る上で大事なことは私が教えますから」とのことで、指導曲集の執筆にとりかかる。
 
 鈴木鎮一はモイーズのもとで音楽表現、奏法の多くを会得してきた髙橋にスズキ・メソードのフルート科を託したのだった。
 
 →帰国記念リサイタルのプログラム
 
 
 


1971年

スズキ・フルート指導曲集第1~3巻を出版

 3年近い時間と試行錯誤を重ね、第1巻~3巻のフルート指導曲集がまとまる。
 1971年、その原稿を見るとすぐに、鈴木鎮一が自ら全音楽譜出版社に電話をした。ほどなく全音楽譜出版社から初版が出版された。これによりフルート科が正式に創設された。
 第1巻と第2巻は髙橋自身の演奏、第3巻はマルセル・モイーズの演奏を音源としたレコードが作成された。
 
 時を同じくして、フルート教室が、松本から長野、東京、名古屋、京都へと広がる。
 
 
 
 
 


第1巻の初版。髙橋利夫フルート指導曲集がタイトルになっている

1972年3月

フルート科が全国大会に初出演

1972年の夏期学校プログラム表紙

フルート科の教室名が加わった

 3月26日、フルート科で初の卒業生を出す。日本武道館で行なわれた第18回全国大会に初めて参加した。プログラムの表紙にも、フルートの文字が加わった。

 夏期学校においても、初めてのフルート科教室が誕生。
 


第18回全国大会のプログラム

 

1973年10月〜11月

マルセル・モイーズ(84歳)初来日

ユーモアのセンスは超一流だった

 才能教育研究会の招聘によるマルセル・モイーズのフルート講習会を、日本フルート協会との協力で松本、東京、神戸で開催。

・松本 10月30日~11月2日
・東京 11月5日~7日
・神戸 11月15日~17日
 全国から多くの受講生の応募があり、フルート演奏家、音楽大学関係者など会場は連日満員の聴講生で埋まった。モイーズ先生の愛と情熱に溢れた熱心な指導は、妥協を許さない厳しいものであり、しかし時にはユーモアに溢れ、会場を沸かせた。

モイーズと鈴木鎮一


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


才能教育会館にてモイーズと髙橋利夫

 

子どもたちに手品を見せるモイーズ

チマローザを演奏するルイ・モイーズと髙橋利夫

1974年6月3日〜8日

全国指導者研究会にフルート科が初参加

 国内外の指導者が一堂に会し、奏法や指導法の研究を行なう全国指導者研究会に、この年からフルート科が参加。会場は宮城県蔵王ハイツ。研究会で得られた様々なノウハウや考え方は全国の教室に持ち帰られ、子どもたちの指導に生かされる。

 
  
 
 
 


当時のプログラム

 

1975年10月25日

髙橋利夫フルートリサイタルを
松本市民会館ホールで開催 

 ・バッハ:フルートソナタ No.6  E dur BWV1035
 ・モーツァルト:フルートクァルテット D dur K.285
 ・ライネッケ:フルートソナタ(水の精)Op.167
 ・山田耕筰:からたちの花変奏曲
 ・ビゼー:組曲「アルルの女」より間奏曲
 ・ポップ:鳥の歌
 ・中尾都山:峯の月
 ・ビゼー:カルメン幻想曲(ボルヌ編曲)
                
~リサイタルに寄せて~鈴木鎮一
 当代の巨匠、モイーズ先生の愛弟子であり、才能教育のフルート科主任である髙橋氏の美しく、柔らかく、また、力強いフルートの香り高い演奏は、聴く人々に深い感動を与えることと思います。また、フルートクァルテットの弦との調和、美しく、また楽しい音楽の夕べとなることでしょう。音に心を・・・音にいのちをと、音楽の生命の本質と取り組んで、追求しておられる氏は、正に芸術の本道を歩みつつある人、モイーズの真髄を、その音と音楽とを求めてやまない氏のフルートは我々に優れた音楽の心を訴えてくることでしょう。帰国以来、久し振りの今回の独奏会は、われわれ友人の大いに期待するところであります。
 
→リサイタルプログラム


プログラム

 

1977年7月

第2回ハワイ国際指導者研究会開催

 
 7月27日にホノルルのハワイアン・ヒルトン・ビレッジのコーラル・ボールルームで開会式が行なわれた。日本、アメリカを中心に、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、ヨーロッパの国々から指導者が集まり、総勢636名となった。
 前年の1976年1月、9歳4ヵ月で髙橋クラスに入会した宮前丈明少年は、驚異的な速さと吸収力でスズキ・フルート指導曲集の第1巻から第10巻の全課程を1年半ほどで終了した。モイーズの演奏録音を聴き、髙橋利夫の指導とライブ演奏から大きなインパクトを受けて育ったことは言うまでもない。ドップラーの「ハンガリア田園幻想曲」は、髙橋が夫人のピアノ伴奏でラジオ放送に出演した演奏を録音して何度も聴いた特別な思い入れのある曲であった。


30日夜のコンサートで、10歳の宮前丈明君がハンガリア田園幻想曲(ドップラー)を演奏した

 

1977年11月

マルセル・モイーズ(88歳)再来日

 マルセル・モイーズからは、しばしば手紙で「もう一度できれば松本を訪れたい」という希望が届いていた。髙橋は7月にブラトルボロにモイーズを訪ね、鈴木鎮一の招聘の意向を伝え、再来日の可能性を話し合った。11月末なら行かれそうだということになり、帰国後すぐに準備を始めた。
 
 11月19日ニューヨークを発ち、20日サンフランシスコ、21日ホノルル、22日夜7時すぎに88歳のモイーズ先生は無事元気で羽田に到着された。
 
 「出迎えた人達全員が、その元気そうな姿を見て安心すると共に巨匠を再び迎えることが出来た喜びと感激が急激に燃え上がってくるのを身体全体で感じました。来られる筈のない大モイーズの感動的な姿がそこには紛れもなくあったのです」(「モイーズとの対話」より)
 

 今回は松本でのみ11月28日から6日間の講習会を開催、東京では「モイーズ先生米寿祝賀コンサート」が開催された。
 
 11月24日に松本に移動した後は、さすがに疲れた様子が見えたモイーズも、27日の歓迎コンサートでスズキ・メソードの子どもたちの演奏を聴くとお元気になられた。そして、翌日からの講習会で11歳の宮前君は「ハンガリア田園幻想曲」を受講した。冒頭のAの音が鳴り響くと会場にいた聴講生から響めきが沸き起こった。髙橋の下、スズキ・メソードで育った宮前少年の演奏はモイーズを感動させ、嬉々として素晴らしいレッスンをされた。
 
(注)マルセル・モイーズ再来日でのフルート講習会のレッスンの様子や祝賀コンサートの様子は、髙橋利夫著「モイーズとの対話:改訂版」2005年発行(全音楽譜出版社)の中の「第3部 巨匠マルセル・モイーズ来日の思い出」に詳細な記述があります。
 
 


モイーズを感動させた11歳の宮前丈明君の演奏

モイーズと鈴木鎮一

オネゲルの従姉妹で、ルイ・モイーズ夫人の
ブランシュ・オネゲルの指揮で
ブランデンブルク協奏曲第4番を演奏

フルート、ヴァイオリン、チェロの指導者が
モーツァルトのフルート四重奏曲二長調を受講

1978年

髙橋利夫著「モイーズとの対話」初版(全音楽譜出版社)を出版

 髙橋が、ブラトルボロのモイーズの自宅で3年近く教えを受けたレッスンはいつも3~4時間にもなり、その半分はペルノー酒を味わいながら有意義な対話で過ごすのが常であった。
 
 髙橋の問いかけに、モイーズはいつも真摯に多くのエピソードを交えて語ってくれた。その貴重な会話を忠実に再現して「モイーズとの対話」としてまとめた。
 
 第一部 モイーズとの対話、第二部として髙橋の研究であるモイーズ奏法に関する考察、2005年改訂版に、第三部 巨匠マルセル・モイーズ来日の思い出を加筆。
全音楽譜出版社 2,420円(税込)→詳しくはこちら
 
 


現在は、改訂版が出版されている

 

1978年7月

宮前丈明君、ブラトルボロで
モイーズのレッスンを受ける。

 8月に招聘を受けたウィスコンシン大学での夏期研究会に先立ってヴァーモント州ブラトルボロのモイーズを訪ね、レッスンを受ける。マールボロ音楽祭の最盛期で多忙なスケジュールの中、何時間かレッスンの時間をとってくださった。
 
「わずかの機会に最大限の吸収をさせようと云う、火の出るような勢いでレッスンが続いた」(機関誌No.46髙橋寄稿)
 
 息子のルイ・モイーズのレッスンも受けることができた。ルイは父と同じくパリ音楽院で学び、フルーティストであり、優れたピアニストで作曲家でもあった。
 
 モイーズとは、翌年1月にホノルルでお会いすることを約束する。
 
 
 
  


モイーズの息子、ルイ・モイーズと宮前丈明君

1978年8月

髙橋利夫、アメリカの大学で
スズキ・フルートメソードを紹介

 髙橋がアメリカ、ウィスコンシン大学でのスズキ夏期研究会に招かれ、初めてスズキ・フルートメソードを紹介。以来、毎年招かれ、アメリカ(SAA) 、ヨーロッパ(ESA)、オーストラリア(PPSA)、韓国、台湾などで指導者養成セミナーを開く。これにより、スズキ・フルートメソードは飛躍的に海外に広まった。
 
 松本の髙橋の下には、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ヨーロッパから、年々多くの留学生が訪れ、世界にスズキ・フルートの指導者が増えていった。数千人の単位でフルートの生徒が学ぶようになり、世界に発展している。


アデレード大学(オーストラリア)でワークショップ

 

1979年1月

ホノルルでのモイーズのセミナーを受講

 音楽大学の学生や指導者20名がホノルルでのモイーズのセミナーに参加した。
 
「5月には90歳になるモイーズは深く厳しい、妥協のないレッスンの連続で、日本での過去2回のレッスンよりも深い要求をされた。受講生も皆それによく反応して充実したレッスンだった。「シューベルトの主題と変奏」(ベーム)、「フルートとハープのための協奏曲」(モーツァルト)など、どれも深い内容を有する曲ばかりで、長い時は一曲に2時間近くを要することもあった」(機関誌No.48髙橋寄稿) 
 
 12歳になった宮前君は、イベールのフルート協奏曲全楽章、ライハルトのタランテラ、モーツァルトのフルート協奏曲二長調全楽章、アンデルセンの24の練習曲Op.15を受講。
 
 


笑顔の中に、厳しい要求もあった

高い次元のレッスンを受ける宮前丈明君

1981年3月26日

第27回全国大会

 日本武道館で、この年も盛大に全国大会が行なわれた。出演の生徒は年々増え続け、フロアいっぱいに演奏する姿が見られた。皇太子殿下の浩宮様(現天皇陛下)、常陸宮妃殿下にもご鑑賞いただいた。
 同時開催の第29回卒業式では、フルート科から74名の卒業生があった。 


フルート科の合奏では「ベニスの謝肉祭」などを演奏

1981年7月21日

関東地区第1回フルートコンサートを開催

 中野文化センターで、初めてとなるフルートだけのコンサートを開催した。
 

 「歌の翼に」で幕を開け、指導曲集の中から5曲の斉奏、18曲のグループ演奏、8人の独奏、関東地区のヴァオリン、チェロの指導者の弦楽アンサンブルと一緒にバッハの組曲第2番、ビゼーの間奏曲、グルックのメヌエットと精霊の踊り、そしてフィナーレはキラキラ星変奏曲の大合奏。弦楽アンサンブルとの豪華で盛りだくさんなフルートコンサートとなった。

 


関東地区第1回フルートコンサート
(中野文化センター)

1982年

関東地区第2回フルートコンサートを開催

 前年に引き続き、フルートだけのコンサートを、中野文化センターで行なう。
 
 


関東地区第2回フルートコンサート
(中野文化センター)

 

1983年7月15日〜21日

第6回世界大会を松本で開催

開会式で挨拶される鈴木鎮一

 1975年ホノルルで第1回国際指導者研究大会(現在の世界大会)が開催されてから、ホノルル、サンフランシコ、ミュンへン、マサチューセッツ、そして第6回を初めて日本の松本で開催した。海外から900名の参加者があり、日本の600名と合わせて盛大な世界大会となった。

 
 7月15日、東京のNHKホールでコンサートを行ない、空路松本入りした一行を出迎え、松本城で歓迎セレモニーが行なわれた。松本市、市商工会議所、青年会議所の協力をいただき、文字どおり市民ぐるみの歓迎の中で開催された。


世界からの参加者にレッスンする髙橋利夫

ジュナンの「ベニスの謝肉祭」などを合奏

1984年11月1日

フルートの神 マルセル・モイーズ逝去

 ブラトルボロの自宅で95歳の生涯を閉じられた。


1986年9月28日〜12月7日

各地で開催された鈴木鎮一米寿を祝う会

 
 1986年10月17日に米寿を迎えられた鈴木鎮一先生をお祝いして松本支部と東海地区でコンサート、そして関東地区では東京會舘で祝賀会、サントリーホールでコンサートが開催され、フルート科も参加して演奏を行なう。
 
 9月28日、松本支部の祝賀コンサートは松本市音楽文化ホールで開催。
 この機会に結成された支部合奏団で、モーツァルトのディヴェルティメント(K.136)の演奏(指揮・フルート科指導者)がオープニングを飾り、フルート科ではジュナンの「ヴェニスの謝肉祭」、グルックの「メヌエットと精霊の踊り」を演奏した。心温まる鈴木鎮一先生の米寿のお祝いのコンサートとなった。
 
 11月9日、東海地区で名古屋大会を愛知厚生年金会館ホールで開催。
 フルート科も出演した。
 
 11月16日、東京會舘ローズルームでコンサートと祝賀会を開催。
 秋晴れの中、ヴァイオリン、チェロ、ピアノ、フルートの子どもたちが会場に集まり第1部のコンサートで演奏。第2部では祝賀会が催された。
 
 12月7日、サントリーホールで「鈴木鎮一と”キラキラ星”たち」コンサート。
 こちらは1年半前から準備が進み、サントリーホール・オープニングシリーズの一環として開催された。2,000席の大ホールが満席となり、スズキ・メソードで育ち、世界的に活躍するスズキ・メソード出身のヴァイオリニスト、佐藤陽子さんらをゲストに、フィナーレは鈴木先生のピアノ伴奏によりキラキラ星の大合奏で締めくくられた。
 
 どの会場でも鈴木鎮一先生は子どもたちへの愛に満ちた満面の笑顔で、皆を魅了してくださった。
 
 
 


9月28日、松本市音楽文化ホール

9月28日、松本市音楽文化ホール

11月9日、愛知厚生年金会館ホール

11月16日、東京會舘ローズルーム

1988年10月16日

第26回長野県大会

 諏訪市文化センターに長野県下から集まった生徒たちが、斉奏・合奏・オーケストラ演奏などを披露。フルート科はヘンデルの「ブーレ」他を演奏。


1989年7月16日〜21日

第9回世界大会を松本で開催

開会式で挨拶される鈴木鎮一

 2年ごとに行なわれる世界大会が再び松本で開催された。世界23ヵ国から1,200人の指導者、生徒、保護者が来日、連日レッスンやコンサート、講演会が行なわれた。

 
 実行委員長は髙橋利夫。会場は松本市民会館、才能教育会館、スズキ・メソード研究所の他にも市内の施設を借り、7つの会場で行なわれたが、

「さよならコンサート」でのフルート科合奏

実行委員会の綿密な準備が功を奏して、順調な運営が行なわれ、各国の参加者からは感嘆の声が寄せられた。

 
 
 
 
 
 
 
 


海外からの指導者と留学生が
箏と宮城道雄の「春の海」を合奏

ドップラーの「アンダンテとロンド」

教室でのレッスン

1989年10月15日

第27回長野県大会

 上田市民会館で開催された第27回長野県大会にフルート科も出演。シューベルトの「子守唄」など6曲を披露した。


1990年11月11日

名古屋大会

 愛知厚生年金会館ホールで、名古屋大会が開催され、フルート科も出演。
 
 


1992年3月28日

第38回グランドコンサートの開催

 毎年開催される全国大会コンサートは、この年から名称をスズキ・メソード グランドコンサートに変更。会員対象の内輪のコンサートでなく、外へ向けてのコンサートとの位置付けとなった。テレビ局、新聞社、雑誌社の取材が入り、当日のニュースに放映され、インターナショナル映画が世界77ヵ所へ映像を流した。


 

ヘンデルの「ブーレ」などを演奏

1992年11月3日

第30回長野県大会

 長野県松本文化会館で開催された第30回長野県大会にフルート科も出演。盛んな拍手を浴びた。
 


1993年9月29日

ウィリアム・ベネットのセミナーを開催

 スズキ・メソードの指導者や生徒らが、来日中のイギリス人フルーティスト、ウィリアム・ベネットのマスタークラスを受講。受講曲目は、ウェツガーの「小川のほとり」、ドップラーの「アンダンテとロンド」など。松本支部の生徒らの歓迎演奏も含め、スズキ・メソードの求めてきたフルートの音色や表現に、ベネット氏も感心していた。


 

1995年

パン・パシフィック大会に参加

 1月2日~8日までオーストラリアのシドニーでパン・パシフィック国際大会が開催された。各国からの参加者が3000名にのぼる盛大な大会となり、日本からも300名が参加。


 

1995年10月22日

第33回長野県大会

 岡谷市カノラホールで開催された第33回長野県大会にフルート科も出演。盛んな拍手を浴びた。
 


1996年

幼児用U字管フルートを開発 

 スズキ・メソードで学ぶ、より小さな子どものために「幼児用U字管フルート」をメーカーとともに開発。スズキ・フルート指導曲集第1~2巻のレベルで必要のない低音Cとトリルキーを外し、極力軽量化を図る。フルートを吹きたい!学びたい!という夢のスタート年齢を下げることに貢献した。
 
 その後のスズキ・メソードのコンサートでは、幼児用U字管フルート、U字管フルート、ストレートフルートの3種類のフルートで吹く子どもたちの合奏する姿が定着した。
→幼児用U字管フルート誕生秘話
 

 
 
 
 

共同開発した幼児用U字管フルートで広報活動

 

1996年9月23日

関西地区大会

 3年ぶりとなる関西地区大会が、吹田市メイシアター大ホールで開催された。前年の阪神・淡路大震災により延期され、満を持しての開催となった。この大会のために関西各地区から上級生によるフェステイバルオーケストラを編成。フルート科は、組曲アルルの女よりメヌエット(ビゼー)、アマリリス(ギス)を演奏した。


1997年

第1回スズキ・フルート国際大会を
フィンランドで開催 

 8月5日〜11日にかけて、フィンランドの首都、ヘルシンキで開催。日本、ヨーロッパおよびアメリカ、カナダなど10ヵ国から指導者、生徒、その家族、総勢300人近いフルート関係者が集まった。指導者養成コースと生徒のレッスンとが連日行なわれ、最終日には、ヘルシンキ市内の岩山を砕いて建てられたことで有名なテンぺリアウキオ教会でコンサートを行ない、教会の中で朗々と鳴り響くフルートの大合奏は感動的だった。

 
 次回は2年後にイギリスで開催することを決める。 


テンペリアウキオ教会でのファイナルコンサート

 

1998年1月26日

鈴木鎮一先生逝去

 1月26日 99歳の生涯を閉じられた。
 3月17日 鈴木先生会葬コンサート

精霊の踊り(グルック)を演奏

 

1998年2月8日

長野冬季オリンピック祝賀コンサートに出演

 スズキ・メソードの本拠地、松本のある長野県で冬期オリンピックが開催され、記念コンサートで100人のフルートの大合奏を披露した。


 

1998年10月

ルイ・モイーズの公開レッスンを開催

 ルイ・モイーズ(85歳)が24年ぶりに来日、各地で公開レッスンを行なう。松本の才能教育会館ホールで、国際スズキ・メソード音楽院の留学生や指導者が受講した。また、フルート科指導者全員で、チマローザの「2本のフルートのための協奏曲」を受講し、改めてこの曲の奥深さを勉強することができ、有意義であった。
 
 
 


1999年3月27日〜4月3日

スズキ・メソード第13回世界大会を松本で開催

 鈴木鎮一のメモリアルとして松本で世界大会を開催。世界からスズキ・メソードの関係者が集った。
 

 フルート科ではアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアのティーチャートレーナーを招聘。

エイトケン氏を囲んだフルート科指導者

またカナダのフルーティスト、ロバート・エイトケン氏をゲスト奏者として招聘。美しい音色を聴かせてくれた。

 
 
 
 
 
 
 
 
 


 

1990年代の夏期学校レッスン風景

 

2000年11月12日

第38回長野県大会

 紅葉に包まれた伊那文化会館で開催された第38回長野県大会にフルート科も出演。南信(長野県南部)での開催は初めてだった。
 


2001年1月28日

サントリーホールにて、
鈴木鎮一メモリアルコンサートを開催 

 世界各地から集まったスズキ出身の演奏家によるメモリアル・オーケストラの演奏で鈴木鎮一作曲「弦楽のためのワルツ」で始まり、オーディションで選ばれた各科の生徒と上級生とのオーケストラ伴奏による協奏曲が演奏された。フルート科はフルート協奏曲第1番ト長調第1楽章(モーツァルト)を演奏。ソリストもオーケストラも集中力の高い素晴らしい演奏だった。そして世界的に活躍するヴァイオリン渡辺玲子、ピアノ東 誠三、チェロ林 峰男のソロがあり、メインはメモリアル・オーケストラの弦楽セレナード(ドヴォルザーク)だった。そしてフィナーレはオーケストラを囲んで200人の生徒によるキラキラ星変奏曲で幕を閉じた。


スズキ・フルート メソードで育った美しい音色がサントリーホールの会場に響いた

2001年10月8日

愛知県体育館にて、
東海グランドコンサートを開催 

 東海グランドコンサート(第21回東海大会)が愛知県体育館で盛大に行なわれ、フルート科も演奏を披露。


2001年10月21日

第39回長野県大会

 長野県松本文化会館で開催された第39回長野県大会にフルート科も出演。
 
 
 


2001年11月18日

関東地区主催 オータムコンサート
(中野サンプラザ) 

 ヴァイオリン、フルート、チェロ、ピアノの全科の生徒が参加。全曲を指導者オーケストラの伴奏により各科の協奏曲全楽章を演奏。このコンサートは、オーケストラと一緒に演奏する機会が少ない中級や初歩の生徒のために、日頃レッスンを受けている先生と一緒に同じステージで演奏するという企画だった。
 
 フルート科ではチマローザの2本のフルートのための協奏曲を1、2、3楽章、指揮は髙橋利夫。フィナーレは全科で合奏、最後のキラキラ星は会場で家族と一緒に聴いていた生徒も一緒に大合奏。演奏が終わっても拍手が鳴り止まず、アンコールとしてもう1回キラキラ星を演奏するという大ハプニングで終了した。


2002年11月10日

NHK総合テレビ出演

 「NHK教育フェア 2002 ゆかいにイングリッシュ〜さくらと歌おう」に、5〜9歳のフルート、ヴァイオリン、チェロを学ぶスズキ・メソードの子どもたちが出演。 


2004年3月30日

第50回記念グランドコンサート

 第50回を記念するグランドコンサートを天皇皇后両陛下(現上皇上皇后両陛下)、高円宮妃殿下をお招きし、日本武道館で開催。


フルート科は「葦笛の踊り」などを演奏

2005年6月

全国指導者研究会

 毎年開催される指導者研究会は5月30日~6月2日までアクトシティ浜松とグランドホテル浜松の2会場を使って開催。トナリゼーションや卒業曲の研究、そしてドップラーの「アンダンテとロンド」のアンサンブル演奏を行なった。


2006年4月12日〜17日

第14回スズキ・メソード世界大会inトリノ

 イタリア北西部ピエモンテ州の州都トリノに、27ヵ国から3,000人が参加したトリノでの世界大会。冬季オリンピックの記憶が残っているだけに、日本からも90名が参加。フルートを始め、ヴァイオリン ・チェロ・ピアノ・ギター・マンドリン・ハープ・声楽・プレトゥインクルの各科で素晴らしい出逢いがあった。


 

2008年1月25日

鈴木鎮一メモリアルコンサートに出演

 鈴木鎮一没後10年メモリアルコンサート(まつもと市民芸術館)に出演。フルート科は、メヌエットと精霊の踊り(グルック)を演奏した。
 
 


 

鈴木鎮一メモリアルコンサート

2008年3月28日

鈴木鎮一メモリアルコンサートTOKYOに出演

鈴木鎮一没後10年メモリアルコンサートTOKYO(文京シビックホール)に出演。フルート科は、精霊の踊り(グルック)、ブーレ(ヘンデル)などを演奏した。
 
 


鈴木鎮一メモリアルコンサートTOKYO

 

2008年5月3日〜6日

ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2008に出演

 東京国際フォーラム地下2階の「グラーベン広場」特設ステージで、連日演奏。
 楽器体験会も並行して行なわれた。
 


ラ・フォルジュルネ・オ・ジャポン
「熱狂の日」音楽祭2008

 

2009年11月23日

第1回フルートグランドコンサートを開催

 200人の子どもたちによるフルートグランドコンサートを国立オリンピック記念青少年総合センター大ホールで開催した。
 
 ヴァイオリン科、チェロ科の子どもたちのオーケストラとともに、交響曲第38番二長調「プラハ」(モーツァルト)、精霊の踊り(グルック)、2本のフルートのための協奏曲ト長調(チマローザ)を演奏。
 

中嶋嶺雄会長も演奏に加わってくださった

 また、フルートにピッコロ、アルトフルート、バスフルート、コントラバスフルートを加えたフルートオーケストラで「イギリス民謡組曲」(ヴォーン・ウィリアムズ)、ピアノ科の生徒さんによる8手連弾と「葦笛の踊り」(チャイコフスキー)、そしてフルート指導曲集から8曲、フィナーレでは全科で「二人のてき弾兵」「狩人の合唱」など5曲。フルートの魅力をたっぷりと盛り込んだプログラムはキラキラ星の大合奏で締めくくられた。

フルートオーケストラ


第1回フルートグランドコンサート

 
 

幼児用U字管フルートを吹く子どもたち

2010年6月

宮前丈明フルート連続演奏会を開催

 東京(6月13日) 武蔵野市民文化会館小ホール
 名古屋(6月19日)中電ホール
 松本(6月20日) 才能教育会館ホール
 

髙橋利夫指揮で演奏した松本公演

 東京公演は、ソロリサイタルでピアノは東 誠三。
・フルートソナタホ長調(J.S.バッハ)
・『しぼめる花』』による序奏と変奏(シューベルト)
・フルートソナタ第1番(ルイ・モイーズ)
・無伴奏フルートのための3つの小品(フェルー)
・オベロンによる大幻想曲(ドゥメルスマン)
という意欲的なプログラムを披露。ことにルイ・モイーズのソナタは作曲者ルイ・モイーズから直接教えを受けた宮前ならではの特筆される演奏だった。
 
 名古屋と松本では、前半はソロリサイタルでピアノは臼井文代、後半は髙橋利夫指揮で弦楽アンサンブルとの管弦楽組曲第2番ロ短調(J.S.バッハ)、フルート協奏曲ホ短調(メルカダンテ)のプログラム。名古屋では長谷川クラス弦楽団、松本では国際スズキ・メソード音楽院の室内合奏団と共演。

長谷川クラス弦楽団と共演した名古屋公演


リハーサルから入念に仕上げた東京公演

 

じっくりと聴かせた名古屋公演

2011年3月

宮前丈明、国際ウェブ・コンサートホールコンクール最高位を受賞

 2010年6月に行なわれた「宮前丈明フルート連続演奏会」の東京公演の録音が、第12回国際ウェブ・コンサートホール・コンクールにおいて最高位を受賞。同コンクールは演奏者の個人情報を一切非公開にして演奏の芸術的卓越性のみで審査した後、受賞者の演奏をインターネットで世界中の観衆に直接届けるユニークなコンクールで、特に一流の音楽に触れる機会が少ない途上国の子どもたちのための学校教育用資材としても使用されている。


2011年10月30日

名古屋国際会議場センチュリーホールにて、
東海グランドコンサートを開催 

 東海グランドコンサート(第24回東海大会)が名古屋国際会議場センチュリーホールで盛大に行なわれ、フルート科も演奏を披露。


2012年3月27日

チャリティーコンサート東京2012〜
東日本大震災復興支援を開催

 前年2011年3月11日未曾有の大災害東日本大震災が起き、29日に予定されていた第53回グランドコンサートは中止となった。
 
 3月27日、サントリーホールで復興支援コンサートを開催。関東地区、東北地区の生徒900名余とOB・OGたちが出演。フルート科ではロンドOp.25(ドップラー)、2本のフルートのための協奏曲ホ短調第4楽章(テレマン)などを演奏。


チャリティーコンサート東京2012
(サントリーホール)

 

2012年10月28日

第48回長野県大会

 小諸市文化会館ホールで開催された第48回長野県大会にフルート科も出演。 
 


2013年1月12日

新年吹き初め会を開催
(幡ヶ谷アスピアホール)

 渋谷区幡ヶ谷のアスピアホールで、髙橋利夫による「新年フルート吹き初め会」を開催。晴天に恵まれた冬の一日、温かなフルートの音色に会場は包まれた。3歳からシニアまでの幅広い年齢層の生徒が一緒に大合奏する様子は、スズキ・メソードならでは。吹き初めに選ばれた曲目は、いずれも3月27日から松本で開催される第16回スズキ・メソード世界大会のコンサート曲ばかり。生徒たちの真剣なまなざしと素敵な音色で、1年がスタートした。
 
  


メリーさんの羊から、チマローザまで

鈴木鎮一が、かつて指導された
「歩きながらのレッスン」も

2013年3月27日〜31日

第16回スズキ・メソード世界大会 in 松本

14年ぶり、4度目の開催となった松本に、国内外から5,000人が集結。
 
「松本に到着した瞬間から、私たちは魔法にかけられたような経験をしました。細かなところまで計画を練られ、お世話をいただき、私たちは王族のようでした。イベントは豊富で変化に富んでおり、コンサートや会場は素晴らしいものでした。この世界大会は参加者全員にとって、感動的な経験となりました。私たちは子どもたちを指導するための新たなエネルギーに満たされて、帰ってきました。レベッカ・パルッツィ(アメリカ・イーストテネシー州立大学フルート科教授、フルート科指導者)(機関誌No.184 P22)


 


第16回スズキ・メソード世界大会 in 松本

 
 

世界中から指導者たちが集結

2013年7月

レコーディング・アーティスト 山下兼司氏逝去

 1990年より2012年までの指導曲集第3巻、4巻、7巻のCDの演奏者。東京藝術大学在学中より髙橋利夫に師事し、1973年のモイーズ講習会において、グランソロ第5番(トゥルー)を受講。モイーズより音楽表現の美しさを称賛される。1977年モイーズ再来日の時の特別コンサートで、ブランデンブルグ協奏曲第4番のフルートのソリストを務める。
 
 山下氏のフルートの音色は気品と格調があり、その上柔軟性に富んでいます。(中略)チェロのパブロ・カザルスを尊敬し、カザルスから学んだメリハリのしっかりしたフレージング、フレーズで歌っていくうまさ、それに特筆すべきは普通優れた弦楽奏者でしか聴かれない表情音程を身につけていることです。これらの総合的な芸術性から鈴木フルート指導曲集のCD演奏者として起用させていただきました。(1990年髙橋利夫評)
 
 パリ留学時代のエピソードが絵本になっています。
 この本は作者のいがらしあきこさんが、コンサートで聴いたフルート奏者山下兼司さんの音色に感動し、購入したCDの解説に書かれていた、パリ留学中の小さな出来事をもとに書いた本です。
 パリ留学時代、我を忘れてフルートの練習に没頭していた、そんなある日のこと、見知らぬ老婦人が訪ねてきた。音の苦情を言われるのかと身を小さくしていると、そうではなかった。
 「病気でベッドから起き上がれなくなった夫は毎日どこからか聞こえてくるフルートの音を楽しみにしていた。神に召された日もフルートの音はいつもと変わらず美しい響きで聞こえてきた。その音を探して私はここにきたのです。教会で亡き夫のためにフルートを聞かせてあげてもらえないか」と。教会の葬儀で演奏したのはバッハの「無伴奏パルティータ」とグルックの「精霊の踊り」
 留学時代の忘れられない心に残る出来事だった。
「まちをあるいたフルート」風濤社


エレジー/山下兼司フルート・ロマンチック小品集(日本ビクター)

まちをあるいたフルート

2013年8月2日〜4日

フルート科だけの夏期学校を開催

 毎年恒例の本会主催4科合同の夏期学校は、3月の世界大会に集中したため、開催されなかった。
 

宮前丈明先生によるマスタークラス

 そこでフルート科では初めて単独の夏期学校を開催。会場は松本にある才能教育会館。朝9時より教室レッスン、午後は宮前丈明先生によるグループレッスン、コンサートもあり、一日中フルートの音の世界に浸る、充実した毎日となった。 

 
 髙橋先生は、「アメリカでは5日間の夏期学校だから、本当を言えばもう1日あってもよかったけれど、私の後継者である宮前先生の本物の音を、生徒たちに聴かせることができ、私自身も手応えを感じました。音のいのち、ということをお話ししましたが、20分のいのちのない演奏よりも、1秒のいのちのある音がいい。スズキ・メソードのそうした感動する気持ちを、これからも大切にして欲しい」と話されていました。(機関誌No.185 P43より)
  


髙橋利夫先生によるグループレッスン

 

宮前丈明先生によるオープニングコンサート

2014年3月31日

テン・チルドレンの50年記念コンサートに出演

 世界20カ国、384都市で演奏した「テン・チルドレン」の50年を祝うコンサート(サントリーホール)に出演。フルート科はフォーレの「ファンタジー」などを演奏。

宮前丈明の指揮でファンタジー(フォーレ )と2本のフルートのための協奏曲(テレマン)を演奏


全員でキラキラ星変奏曲を合奏

 

2014年5月10日

第1回東海地区フルート講習会

 
2年前の2012年東海地区主催の恵那ミュージックキャンプに髙橋利夫を招いて、講演会やフルート科グループレッスン、マスタークラスを開催したことがきっかけで、フルート講習会が始まった。松本まで行かれない大人の生徒さんや、まだマスタークラスに入れない子どもの個人レッスンをしていただくことになった。(この時から毎年開催し、2019年11月4日まで6回を重ねた)


 

2014年6月〜7月

アメリカでの研究大会で指導

 イーストテネシー大学スズキ・フルート国際研究大会、およびワシントン・スズキ・フルート研究大会(SAGWA)が髙橋利夫、宮前丈明を招聘。髙橋はアメリカ国内外から参加したスズキ・フルートの指導者に音楽表現法の指導を行ない、子どもたちにグループレッスンを行なった。宮前はゲストコンサートでドゥメルスマン、プーランク、シューマンの幻想小曲集などの演奏を行なった。
 
 モイーズの教本「Tone Development through Interpretation」に基づいた髙橋のオペラクラスの指導は、世界中のスズキの研究会で常に要望の高いもので、NFAのコンべンション でも絶賛された。
(注:NFA=National Flute Association)


イーストテネシー大学スズキ・フルート国際研究大会にて

 

2014年11月30日

髙橋利夫喜寿祝賀会を開催
(松本 ホテル・ブエナビスタ)

 フルート科をはじめ、全国のヴァイオリン、チェロ、ピアノの指導者、海外からはアメリカ、カナダ、フィンランド、台湾のフルート指導者ら約150人がお祝いに駆けつけた。
 

フルート科指導者の祝賀演奏

 祝賀会に先立って、コンサートを開催。フルート科指導者による祝賀演奏グランド・カルテットホ短調 Op.103 第1楽章(クーラウ)で華やかに幕開け、そして宮前丈明のソロ、ラ・フォリア(マラン・マレ)、からたちの花変奏曲(山田耕作:ルイ・モイーズ編)。

 

宮前丈明の独奏

 「髙橋先生の指揮で弦楽アンサンブルをもう一度やりたい!」という有志の指導者による組曲『ホルベアの時代から』(グリーク)は熱気にあふれた演奏だった。

 

ホルベアの時代(グリーグ)

 祝賀会は隣室に移動、終始和やかな会が進行。
髙橋が1975年のリサイタルで演奏した中尾都山の「峰の月」の深いフルートの音色に、150名がじっと耳を傾ける場面もあった。


「チマローザ」を演奏した後の記念撮影

  

ワシントンDC地区スズキ協会からの
額縁入りのメッセージを持参された
アメリカの先生方

イギリスから届いたお祝いメッセージの前で

2015年4月5日

豊田耕兒先生への感謝の会に出演
(松本 ザ・ハーモニーホール)

 3月に才能教育研究会音楽監督を退任し、4月より名誉会長に就任された豊田耕兒先生への感謝の会が開催された。フルート科は、歌の翼に(メンデルスゾーン)を演奏。

全科合同による無窮動(ボーム)、狩人の合唱(ウェーバー)、アレグロ・キラキラ星変奏曲(鈴木鎮一)の4曲。力強い演奏に、豊田先生も身を乗り出して聴いておられました


メンデルスゾーンの「歌の翼に」を演奏

2015年6月

副教材オブリガートパート譜を制作

 コンサートのフィナーレ で演奏する全科合奏で、フルートはオブリガードパートを演奏したいという長年の夢を実現。ヴァイオリン指導曲集第1巻No.1~12、また過去に編曲されていた指導曲集第1巻No.17、第2巻のNo.3、No.7も合わせて収録。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2015年6月〜7月

アメリカでの研究大会で指導

 前年に引き続きイーストテネシー大学スズキ・フルート国際研究大会、およびワシントン・スズキ・フルート研究大会(SAGWA)から髙橋利夫、宮前丈明が招聘され、指導と演奏を行なう。


世界中に広がったスズキ・メソード

 

2016年

髙橋利夫 名誉教授に

東海地区東濃支部でのグループレッスン

 4月、髙橋利夫が才能教育研究会の名誉教授に就任。フルーティスト宮前丈明を才能教育研究会フルート科特別講師に迎える。

 
 各地区が、フルートだけでなくヴァイオリン、チェロの子どもたちのために髙橋利夫の指導によるグループレッスンを開催。
 
2016年10月23日 
 東海地区東濃支部 
2017年4月4日   
 関東地区  
2017年5月14日    
 北陸地区
 
「400人の子どもたちが一斉にキラキラ星変奏曲を弾き始めました。髙橋先生が全身で表現するリズムや音楽的な抑揚、フレージングに子どもたちは釣られるように演奏し、生き生きとしたエネルギーに満ちたキラキラ星に変わっていきました」(機関誌No.198 P.42)
 
 
 
 


今なお、各地での講演に忙しい髙橋利夫

 

関東地区「春のこどもフェスティバル」で

 

北陸地区でのグループレッスン

2016年

特別講師に宮前丈明を迎え、
全国指導者研究会&夏期学校を開催

 6月6日~9日開催の指導者研究会では、フルーティストであり医師であり脳科学者でもある宮前は音楽活動が脳の多くの場所の活性化に繋がる「転位学習」についてのレクチャーを行ない、科学の現場でどういうことがわかっているかを総論的に学び、レッスンでは生徒にどういうヒントを与えられるかというポイントを説いた。
 また、宮城道雄の「Haru No Umi」のアンサンブルを研究し、コンサートで演奏を行なった。
 

夏期学校のマスタークラス

 8月2日~5日開催の夏期学校では、子どもたちが自分の耳で自分の音を聴き、他人の音を聴き、みんなで高め合っていくという基本的なことを大事にしたグループレッスンが行なわれた。美しい音、メロデイを奏でるには息が大切、それをどう使うか?演奏しながら指導する宮前によって子どもたちの音が活き活きと変化した夏期学校であった。


全国指導者研究会

 

夏期学校のグループレッスン

2017年1月9日

新年吹き初め会を開催

 初級の生徒から上級の生徒まで一緒のグループレッスン、お互いの音を聴きながら、音楽的な表現を高めるためのアプローチを行なった。一つの曲ごとに音楽性を豊かにする大切なポイントを指導。午後は個人レッスンのマスタークラスが行なわれた。


 

2017年3月

東京大学と共同研究

 2017年1月からスズキ・メソード(才能教育研究会)と東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉研究室が「脳科学が明らかにする言語と音楽の普遍性」というテーマで共同研究を行なうことになった。その研究で用いる音源にフルートの宮前丈明が協力することになり、3月24日、都内のスタジオで音源作りが行なわれた。  
 指導曲集の曲やフルートの名曲の中から4曲を選び、様々なシチュエイションで80種類以上の録音データを一気に録音した。(マンスリースズキ2017.4.1.)
→マンスリースズキ の記事
 宮前はピッツバーグ大学医療センター精神科上級研究員として、脳神経科の科学者でもある。

宮前丈明(左)と酒井邦嘉(右)


音の高さ、速さ、強弱、アーティキュレーションなどで「変化」を与えた楽譜を録音

 

楽譜の確認を丹念に行なう

2018年4月4日

「鈴木鎮一生誕120周年記念」
第54回グランドコンサート
両国国技館で開催

・2本のフルートのための協奏曲第3楽章(チマローザ)
・葦笛の踊り(チャイコフスキー)
・歌の翼に(メンデルスゾーン)
・荒城の月(滝廉太郎)
・メリーさんの羊変奏曲(髙橋利夫編)
を演奏。また、エル・システマ・ジャパンの相馬子どもオーケストラ・大槌子どもオーケストラと一緒にオーケストラを組み、ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章を演奏。フルート科からも上級生が参加。

 

両国国技館で初めて開催された


  

ベートーヴェンの交響曲第7番

2018年6月

全国指導者研究会 

 宮前丈明が全科プログラムでトナリゼーションの講義を行なう。スズキ・フルートの最も大切な教義であるトナリゼーションの講義は多くの指導者から高く評価された。
 また、早野龍五会長、酒井邦嘉先生(東京大学)とともに共同研究の経過と中身が、鼎談で紹介された。
 
 一方、髙橋利夫は講演「受け継ぐ人たちへのメッセージ」を行なう。
 

一般公開プログラムとして行なわれた鼎談「音楽教育と脳科学」


宮前丈明によるトナリゼーションの講義

バッハのトリオ・ソナタト長調BWV1039より
第1、3、4楽章を演奏

2018年7月

宮前丈明が、脳科学専門誌に論文発表

 フルーティストで脳神経科学の研究者である宮前丈明が専門誌に論文を掲載。2017年からスズキ・メソードは東京大学と脳科学の共同研究を始めた。ピッツバーグ大学医療センター精神科上級研究員として科学者でもある宮前もその研究チームのメンバーであるが、その関係で専門誌「Brain and Nerve」Vol.70 No.6に論文「音楽経験と脳」を掲載。
 
 
 
 
 
 


2019年2月

フルート科指導者研究会を開催

 2月28日、国内外より13名のフルート科指導者が松本市に集い、髙橋利夫の「スズキ・メソードとは何たるか」の講義から研究会スタート。81歳の誕生日を迎えられたばかりの髙橋とのお祝い昼食会をはさみ、午後はモーツァルト作曲「フルート協奏曲第1番ト長調」第2楽章、第3楽章をレッスン。スズキ・メソード、そして音楽への熱き情熱をお持ちの髙橋より多くのことを学び、それぞれがスズキフルートの指導者としての心構えを新たにした一日となった。

 

2019年

第68回夏期学校

 7月30日~8月2日 梅雨明けの暑い松本で開催された。教室レッスン、グループレッスン、マスタークラスなど多彩なレッスンが行なわれ、「午後のコンサート」「協奏曲の夕べ」などのコンサートも行なわれた。
 
 その日(最終日)もとびきり暑く、でも一人も弱音をはくことなく、宮前丈明先生のグループレッスンを受けました。考え演奏する大切さ、曲の盛り上がる部分についてや、強弱をする意味など熱心なご指導に生徒たちはどんどんと引き込まれて行きました。必ず伝わると信じ指導される先生の思いはしっかりと伝わり、終了後はどの顔も笑顔があふれ、達成感で輝いているようでした。(参加者の言葉)

グループレッスン終了後の記念撮影


宮前丈明がゲストコンサートで演奏。
東 誠三とのシューマンの「幻想小曲集」

2020年

感染の拡大

 世界的に感染拡大した新型コロナウイルスの影響により本会主催、各地区主催、支部主催のコンサート等行事が次々と中止または延期となる。
 
 6月開催の指導者研究会と8月開催の夏期学校(おうち夏祭りに変更)は、オンラインによるレッスンが実施された。
 

2005年の夏期学校で
グループレッスンをされる
中川紅子先生

 1月にはフルート科創設時からの指導者中川紅子先生が逝去。前年にイギリスのウェールズに移住されていたので、お別れもできず寂しい訃報であった。長年先輩の指導者として後輩指導者や生徒へ多くの指導を行なった。特に2009年のフルートグランドコンサートでは実行委員長として素晴らしいコンサートを準備し開催した。

 
  
 
 
 
 
 


機関誌No.207より

おうち夏祭り

2021年

フルート科創設50周年を迎える

 2020年来、教室レッスンでもパソコン、スマホを使ってのオンラインレッスンを実施。対面レッスンの場合は、感染防止対策を各教室徹底することを実施中。
 
 1971年に指導曲集が全音楽譜出版社より出版されてから今年で50年。
 下記の「50周年記念企画」が現在進行中。
・記念ロゴの作成
・記念グッズの作成
・「先生きいて フルート動画募集」
・OB・OGからのメッセージ募集
・50組で繋ぐきらきら星変奏曲
・記念誌の作成
・公式サイトのリニューアル


 

50周年記念ロゴ